「すべてはここから始まった」


30歳になる前、当時の僕はラーメンは好きではあったが、ラーメンを食べる時といえば「お腹が空いて食べ物屋を探していて、たまたま目に入ったのがラーメン屋だった」という程度でしかなかった。

そんな時、「近くに美味しいラーメン屋がある。いつも長い行列ができている」という情報を入手。営業時間もお昼の短い時間だけで予定数が出ると終了、スープの出来に納得のいかない日は臨時休業するのだという。行列が嫌いな僕にとっては縁のない店だと思っていたが、ずっと心のどこかに引っ掛かっていた。
 
ある夏の午後、たまたまその店の前を妻と通りかかった。店の前には炎天下にもかかわらず長い行列ができており、一目で件の店であることがわかった。時間もあったので、ものは試し、噂のラーメンを食してみようということになり、行列の最後尾に並んだ。

僕達の前に並んでいる常連のおじさんによると「今日の行列は短い」とのこと。それでも裕に30分以上は待ち続けてようやく店内に案内された。
店内に1歩踏み込んで、その異様な雰囲気にギョッとした。店の中央に厨房が位置し、取り囲むようにカウンターがつくられ、少しの隙間もなくお客が詰め込まれている。カウンターのお客の背後には順番を待つ客がさらにぐるりと取り囲む。そして、この店の異様さを決定づけるのは、そのお客達が一言も発せず、全員無言でじっと待っていることだった。壁面には私語厳禁やら、子供の入店お断りやら、強い香水お断り(これは僕も納得)などの貼紙が威圧感たっぷりに存在を誇示している。
そして極めつけは厨房のまん中で調理している店主。異様なまでに不機嫌そうな彼は、無言で待つ客をラーメンを作りながら睨みつけるのだった。入ってきたばかりの客が少しでも喋るとギロリと睨みつける。その雰囲気に気押された客は、シュンとなり、異常な静寂が店内を支配する。笑い声はおろか、ヒソヒソ話しも許されない。

どんな理由があれ、お金を払って食べに来た客に、この仕打ちはいかがなものか。
これほど雰囲気の悪い食べ物屋は、今まで生きてきて経験したことがなかったので、心のそこから呆れてしまった。他の客達はこんな最悪の雰囲気を「ありがたや」とでも思っているのだろうか。これで出てきたラーメンが大したことがなかったら、文句のひとつでも言って席を立とうと心にきめて、声を押し殺してじっと待った。
果たして目の前に出されたラーメンは、悔しいことに当時の僕がそれまでに食べたどのラーメンよりも確実に美味しかった。しかし本当に悲しいことに、一緒に食べている妻に「美味しいね」と声もかけられない。そう、美味しくても全く楽しくないのだ。

無言で店を出た僕は、夏の青空の下で心に誓った。「まともな普通の雰囲気で、もっと美味しいラーメンを出す店が絶対にあるはずだ!意地でも探し出してやる!(ちょっと大袈裟?)」と。

そう、僕のラーメン探しの旅は「すべてはここから始まった」のだ。


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